●観音小説



 全長百三十五メートルを誇る白いうさぎの観音像が、天の高みから不敵な笑みをたたえて、この町の暮らしを隈無く見つめるかのように、いつまでも立ち続けている。高層ビルもない扁平とした埼玉の、地平まで限りなく開かれた空の下、人の住まいも容易に踏み潰してしまえるほど背の高いうさぎの観音様がただのひとり、大きな祈りを捧げる白い影。民家と民家のあいだから、信号機と電線のあいだから、スーパーマーケットの駐車場から、ふとした折に、巨大なうさぎ様の頭部がぬっ、と現れる。その奇妙な存在は単なる巨像というより、むしろ、この町の静かなる《支配者》のように見えないでもなかった。
 この《白兎大観音》、日本各地に存在する巨大観音像たちに比べればまだ随分と歴史は浅いけれども、それでもすでに十年以上は、ここ埼玉県坂戸市の、大きな護り役として生き永らえている。かつては日本一の高さを誇る立像であった牛久大仏の背を抜いてさらに世界一の座に躍り出、あるいは、世界一美しいと称賛された小豆島大観音に勝るとも劣らぬ柔和な造形の、夢のような観音像。金色の身体をもつ加賀大観音をも圧倒するほど奇抜なそのご尊顔は、頭頂にすっと伸びるふたつの細長い耳、伏しがちな黒目に、なだらかで控えめな鼻、笑みをたたえる小動物の口許をした、世にも珍しい《うさぎ様》なのであった。これこそが、新しい埼玉県のシンボルとなってまだ間もない、《白兎大観音》である。
 巨大観音像といえば、やけに景気の良かった時代の実業家たちによって、日本各地へ私的に建立されたものが多く知られているが、近年はその後の不景気な時代の風潮もあってか、新たな像の誕生は長らく無かったのだった。今や、当時に散々流行したような豪奢で浮かれたテーマパークたちもおおよそ閉鎖し、あるいはほとんど寂れてしまって、どこもかしこも始終、現実的な空気が充満している。こんな時代に今更、巨大観音像なんて。一体、誰が何のために、なんていうと、その白兎大観音建立の発起人であり所有者というのが、現代に生きるひとりの実業家の女性、兎丸華子であった。

 数奇なうさぎの観音像を建立するくらいだからやはり彼女は、うさぎに特化した会員制ペットショップを展開し富を築いたという、これまた数奇な経歴をもつ人物である。彼女のペットショップの特徴は、ただ単にうさぎを専門として他のペットショップより豊富な種類を取りそろえた点にのみにあらず、むしろ、特筆すべきはそのうさぎたちの取り扱い方にあった。

 彼女の経営するペットショップ《うさぎ王国》は、薔薇の花壇や優雅な噴水のある広大な庭園に、無数のうさぎ達が放し飼いされているという、華美なテーマパークでもある。華子は本来《売り物》であるはずのうさぎたちがペットショップで過ごす期間もまた、彼らの生涯におけるかけがえのない時間であるととらえ、飼い主を待つうさぎたちが暮らしを楽しめるような環境づくりを徹底した。裕福な家庭に生まれ育った特権を駆使し、相続した埼玉の土地に、このようなうさぎを生育するための施設を造ったのだった。
 ペットショップの敷地内でうさぎたちは十分な餌をもらい、かつ自由に運動することができる。四六時中蛍光灯の明かりに晒されながらの狭いケージでの暮らしや、無理な交配を強いられることはない。うさぎたちは埼玉の広い空の下、飼い主と出会うその時まで、手入れの行き届いた庭を好きなだけ駆け回って過ごすのだ。数多のうさぎがのんびり気ままに暮らすさまが、どこか瀬戸内海に浮かぶ《うさぎ島》でお馴染の大久野島を思わせるこの施設は、やはり幼少期に現地を訪れた彼女が強くインスピレーションを受け、考案したものだそうだ。
 うさぎだらけのこの空間を訪れた未来の飼い主たちは、のびのびと暮らすうさぎたちの中から、気に入ったうさぎを選んで購入する。もちろん、会員になるためには既に会員となっている者から紹介を受ける必要があるため、園内のうさぎたちの暮らしを脅かすような人物が突如としてそこへ踏み込めないよう、配慮がなされている。
 彼女の店でうさぎを買うのは、単に健康な美を備えたうさぎと出会えるだけでなく、そこへ投資することによって自身が買わなかったうさぎの生涯までをも幸福にするキャンペーン、としてもとらえられていた。あるいは、会員になることで自身もこの富にあふれる空間の一員とみなされる、見栄のためというのもあったかもしれない。
 身勝手ではありながら、しかし人間が動物とともに暮らしたいと願う限りどうしても避けられない問題から、動物たちの苦しみを、世界の片隅にあるここだけでは、辛うじて解いてみせたい。そんな強い思いを抱いた華子の行動は、自身の端麗な容姿も味方してか、しだいに女性たちのあいだで根強い支持を獲得していった。

 園内に白兎大観音が完成する頃には既に、近隣住民の大部分がまるで犬や猫を飼うようにうさぎを飼っていて、この施設を中心とした坂戸市の一角はほとんど《ラビットアベニュー》と化していた。もともと住んでいた人々がうさぎを飼い始めたのと、それから、うさぎを飼っている人々が越してきたのとで、幾つかのケースがあった。

 白兎大観音の建立が知れ渡ったとき、まず世間では、極めて現実的で信仰心などとは縁遠いように見えた華子が、一時的に大きな気の迷いを起こしたものと決めてかかった。当然、百三十五メートルもの高さの立像となると町全体の景観に影響を与えると言っても過言でなかったし、それもただの観音ではなくてうさぎの頭部をした観音となると、黙っている者も当然少なくはなかった。建立に反対して連日押しかけてくる住人もいた。それでも華子は、彼女へ訴える者たちを、手で虫を払うかの如くいとも簡単にはね除け、断固として白兎大観音の建設へと踏み切った。
 いざ完成してみれば、華子の建立した観音像は決して、単に大きさでものを言わせたり、うさぎの観音という奇抜さを売りにしたりの像ではなく、心を奪う芸術に相応しい造形と世界最高の高度でこの町に降臨したのであった。もちろん「総ての住民が」とは決して言えないが、かつて彼女の意志に反対した大部分の住民を、白兎大観音の佇まいが、自ずと黙らせた。

 いつしか華子は、人々の噂の中で《女王》の愛称で呼ばれるようになるも、事業の拡大に伴ってか、しだいに人前に姿を現さなくなり、もはや一切の近所付き合いを絶ちほとんど孤高の人となった。
 彼女の現在を知る者は、今や丸きり無いに等しい。


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