●宇宙でもハムスター



 《ゴールデンハムスター》ということばから、金の《スター》ということばを取り出して、《星くん》と名前をつけた。

 ちょうど背中に、はじけるオレンジの星模様のあった彼に、それはうってつけの名前だった。ペットショップで見たときはちっとも気がつかなかったけれど、連れて帰って背中をなでたら、決して見間違いでないくらいにはっきりと、そこへ五光星があると気づいた。それがわたしたちのいちばんはじめに見つけた、星くんの好きなところ。
 星くんは、わたしの小学校の入学祝いに家へやってきたゴールデンハムスターだ。

 こうして星くんについて話し始めたのには、ちょっとしたわけがある。もちろん、飼い主ならば誰だって、ともに暮らしている動物について話をするのが、好きと決まっているだろう。わたしだって例外ではない。彼らのいいところを、つい他の人に言いふらしたくなってしまう。地球上に暮らしている、数えきれないほどたくさんのペットたちも、彼らを大切にしている誰かにとっては、たったひとりの、特別な動物に違いないのだから。けれどもこれから星くんについて書こうというのは、そういうのとはまた違った意味での勝手が、少しばかりあるつもりだ。
 わたしたちはいま、星くんとは別のハムスターと暮らしている。わたしたちはその子のことを、星くんと変わらずに大好きだ。だからといって、その子との暮らしについてを文章にするつもりは現在のところ、ない。ほんとうは、生きているだけで特別すぎるくらいなのだから、書きとめておくべきことなんて、何ひとつなくたって良いのかもしれない。

 星くんと暮らすようになってから、考えた。
 ハムスターを飼うための《ハムスターケージ》という空間を、小さな彼らの世界とみなす。するとその、《ハムスターケージ》を取り囲うようにして、わたしの暮らす家がある。わたしの大きな手は、どこからともなく水や餌を運んできたり、おそるべき手際で彼らの生活空間の掃除を済ませたりする。わたしはハムスターの世界の外にあって、ただ彼の暮らしを回している。
 けれども小さなハムスターには、この世界が一体どうして回っているのか、《わたし》は何ものであるのか、《わたし》がなんのために彼の世界を回すのか、ちっともわからない。

 はじめてそれに思い当たったときは、おそろしい気持ちになった。それではわたしたち人間の暮らす家の外には、何がある。決してわたしの力の及ばないところで、雲が流れたり、夜が来て、星が見えたりしている。そして、わたしにはそれらの現象のわけが、ちっともわからないではないか。
 もしかしたら、小さなハムスターがこちらの全体像をはかり得ないのと同じように、わたしたちの暮らしの外にある《何ものか》も、「小さな人間なんかには何もわかりっこないのだ」などといって、宇宙の外でため息をついていることだってあるかもしれない。

 無理を承知でそんな話題をふっかけたとき、星くんはこう言った。
「たしかに、人間の暮らしのことはよくわからないよ。だけど、ミッちゃんがぼくの暮らしを回している気持ちが温かそうだとは、わかる」
 まったくその通りで、わたしは星くんの暮らしを回すのが好きだ。星くんに水や餌をやるのが、ハムスターケージの掃除をするのが、星くんと一緒に遊ぶのが、好きだ。
 そうだ、もしもどこかに、星くんの暮らしを回しているわたしと同じように、わたしの暮らしを回している《何ものか》が居たのだとしたら。そして、もしもその《何ものか》が、星くんの暮らしを回すわたしと同じような気持ちで、わたしたちの暮らしを回していたのだとしたら。《何ものか》は少なくとも、わたしたちのことを好きでいてくれたのではないだろうか。  そう都合の良い解釈をすると、わたしはこうしてただ暮らしているのが、ばかみたいに嬉しくなった。こんなことに目をつけるには、きっとハムスターでなければだめだったろう。



 星くんについて、最も初めに言っておくべきことがある。それは、星くんが《空とぶハムスター》であったことだ。《空とぶ》とはいっても、背中の翼をはためかせて空をとぶハムスター、ではない。では、どうやって空をとんでいたのかというと、《ウィーン》と空をとんでいたのだ。空とぶハムスターボールに乗って、ウィーンと空をとんでいた。

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