●青い花の名産地



わたしたちの暮らすここは、青い花の名産地です。わたしたちは来る日も来る日も、数えきれないほどたくさんの青い花を、ひとつずつこの手で摘んで収穫しています。いちいち手作業で、なんて聞くとこのご時世、機械でいっぺんにやってしまえばいいのに、とお思いになるでしょう。それが、どうしても手でしなければいけないのです。なんでも、青い花はやたら繊細ですから、あんまり手荒なまねをすると、せっかく収穫しても出荷した先の工場でちっとも使いものにならず、すべて廃棄せねばなりません。そうですね、それならば始めからみんな捨ててしまえばいいじゃないか――そんな意見がかつてこの地域でも出たことがありました。たしかに、捨ててしまえばいいのです。もちろんその分の収入は無くなりますが、ある意味で暮らしはずっと楽になりましょう。わたしたちは畑で青い花を育てているわけではありません。青い花はこの町のどこにでも自生しています。道路のアスファルトを突き破って一面の青、裏庭の日陰にごっそりと青、おかげで駅のホームには電車も停まれやしない。時にはペットの水飲み場から芽が出るくらいです。わたしたちは望んで花を栽培してはいません。ただ、収穫した花は工場で加工すると安全性の高い着色料として利用できるため、さいわいにも大量の生ごみを四六時中捨て続ける運命だけは免れた、というだけのことで。青い花を摘んで工場へ出荷し、代金を受け取る。それを命の絶えるまで続けさえすれば、わたしたち住民は生き長らえるのです。青い花は、摘んでも、摘んでも、幾度だって根を張りつぼみをふくらまします。すると、それらをまたひとつ、ふたつ、摘んでゆくのがわたしたち。そうはいっても美しい花です。こんな暮らしも決して悪いものだとは言えないでしょう。ところで、わたしには今、ひとつの心残りがあります。それは――たったひと口きりでかまわないから、水色ソーダを飲んでみたい。青い花の色素を使ったソーダが隣町で売っている、と、そんな噂を耳にすることがあります。ネオンカラーのチェリーを浮かべ、線の細いグラスに注がれた青いソーダを、プラスチックのストローですするのだそう。その色といったらあの、わたしたちの足下で煙る青とはほど遠く、真冬の晴天にも劣らず透き通っているというのだから驚きです。まさかあの青い花が、空にも似るのですって。ああ、ひと口でかまわないから水色ソーダを飲んでみたい。しかし、わたしには時間がありません。こうしている間にも町のどこかで続々と、新たなつぼみが花開いていることでしょう。このとおり、わたしの手は終わらない収穫に追われるまま、真っ青に染まり切ってしまいました。ほら見たまんま、あの花の青色。色素が沈着したのでしょうか。石鹸をつけて洗っても、もう色が落ちなくなりました。